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「キレる」と思春期問題 現代の学校体制において子どもたちは、学校に適応していくことを高い価値としてとらえながら生きていきます。しかし、かれらは次第に学校適応過剰の生き方では自分は生きていけないことを感じ始めます。そして、親や教師、家庭や学校と争い始めるのです。そういった時期を「前思春期」としてとらえることができます。
そしてかれらは、対人関係を組み替え、若者文化(マスコミ文化)を一つの武器として、学校適応過剰の自分をくずし始めるのです。そしてその仲間関係を心理的な離乳と自立の根拠地にし、そこに依拠して学校的なまなざしにまなざしかえていくと同時に、反学校的なグループの中で自分をつくりなおそうとします。
このように考えていくと、子どもの不安やいらだち、そしてムカツキは前思春期から思春期にかけては特に強いのですが、その多くは仲間関係において解消されていくものだと考えてよいと思います。たとえば、仲のいい友だちとグチを言い合ったり、慰めあったり、時には思いっきり体を動かして忘れたり…。そして、解決策を仲間と一緒に発見したり…。
時にはキレる時もあるのでしょうが、それらも仲間のまなざしの中でキレるので、「誰かが止めてくれるかなあ」とか、「こんな自分もあるのを見て欲しい」とか、どこかまわりに甘えたキレ方をするんです。ゆえにどこかかでセープされたキレ方で、上手にキレるんです。
つまり、子どもたちの発達や自立において、むしろ不安やいらだち、そしてムカツキはある意味で必然なわけです。なぜなら思春期は先に述べたように、社会に対する批判力や、それに対してどのように考え、行動していけばよいのかの大切な、発達の学びの時代であり、自分くずし自分つくりの時代であると思うからです。そしてそれらの学びと自立は仲間関係の中でなされていくものなのです。
しかしながら、仲間関係が希薄だったり、交わり能力が弱かったりすると、そのムカツキの学びと自立の時代を上手にくぐれません。その結果突然の、そして制限のないキレ方をするのではないでしょうか。
(参考文献)
子どもの自分くずしと自分つくり(東京大学出版会)/竹内常一著('98.2.8)