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スーパーオリエンテーリング'98

1.児童会活動の衰退
 小学校の児童会活動が形骸化…、いやほとんど活動していないところすらあります。
 私の経験してきたことから児童会活動の衰退の様子を述べてみると、まずそれは、児童会役員選挙がなくなったことから始まりました。
 小学生にとって子どもが子どもを「選ぶ」という指導は発達段階にそくしていないといったことが理由だったと思います。
 リーダーがいるということが不平等であるといった考えもあったと思います。すべての子どもに同じような教育の機会が与えられるべきだという考えです。
 しかしこういった考えは、子ども自身が、自分たちにとって必要なリーダーを見つけたり選んだりするといった民主主義原則のイロハを学ぶ場を奪ってしまいました。
 また一方で、教師による子ども管理を生み出しました。つまり教師にとって便利なリーダーがたくさん出現したのです。なぜなら、子どもが選ばないのですから教師が選ばざるをえなくなったり、すべての子どもにリーダーの経験をといったごまかしの形式的平等主義は、結局は仕事が苦手であったりする子どもが「リーダー」の役割についた時に、教師がその役割をすることになっていったからです。

 児童会活動の衰退の理由の二つ目は、五日制移行による特活の時間の削減にあります。学校行事の中の特活の時間がなくなっていくことは、多くの教師に歓迎されました。なぜなら、特活の…、特に全校的な取り組みは、担任教師にとってかなりのエネルギーを使うことだからです。また、前述のように子どもたちのリーダーがいなくなり、子どもたちが自分たちで活動していく力がなくなっていった児童会活動は、教師がますます手を入れていかなければならなくなり、よけいに大変なものになっていくといった悪循環を生み出しました。

 このようにして、小学校の児童会活動は、多くの学校ではしだいに衰退し、活発であると言われている学校でも、子どもたち自身の手による活動ではなくて、その準備のほとんどは教師が進めているといった、完全に形骸化した児童会になってしまったのです。このレポートでは、小学校児童会のこのような実態にいかにして切り込んで、子どもたちに自治的な力をつけさせていけばよいかを実践的に問題提起してみたいと考えています。けっしてうまくいった実践ではなくて、むしろ失敗実践に近いのですが、全国の多くの教師の応援歌になることができればと思っています。

(つづく)